デフレ脱却のための「次元の異なる金融緩和策」に必要なこと

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アベノミクスは大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の三つを基本方針としている。

 

なかでも安倍首相が重視している金融政策に関しては、1月22日の金融政策決定会合で「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」の公表、「2%の物価安定の目標」及び「期限を定めない資産買入れ方式」の導入を決め、展望レポートの中間評価が行われた。

 

報道によれば、安倍首相は共同声明を「金融政策の大胆な見直しという意味でも画期的な文書だ」と評価したという。麻生大臣、甘利大臣も同様に「追加緩和は日銀の強い決意を裏打ちしたもの」、「政府と日銀がこれだけ明確に約束したことはない。歴史的だ。」と好意的な評価を下したとのことだ。

 

しかし報道からうかがえる政府関係者の好意的評価とは裏腹に、1月22日の為替レートは円安基調から一転して円高となり、日経平均株価も下落した。つまり市場は好意的には捉えなかったということである。

 

その理由は、政府関係者の評価が間違えていたということ、つまり今回の金融政策が、安倍首相がかつて述べた「これまでとは次元の異なる金融政策」ではなかったということではないか。以下、これらの点について筆者の考えを述べつつ、考えてみることにしたい。

 

 

まったく意味のない文書となってしまった「共同声明」

 

まず公表された「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」について検討してみよう。

 

今回の「共同声明」は「政策協定(アコード)」が意味する、政府と日銀とのあいだで政策上の取り決めを締結するといったものではなく、共同声明というかたちで政府と日銀がそれぞれの立場から自らのやるべきことを述べたに過ぎない点という点が問題である。努力目標を羅列するだけならば、共同声明を改めて行う必要はない。それはデフレと経済停滞が続くなかで過去いくどとなく政府及び日銀が述べてきたところである。はたして何が変わったというのだろうか。

 

もうすこし具体的に見ていこう。共同声明に関しては、筆者は「政府と日本銀行の政策協定(アコード)はどうあるべきか」と題した論考を寄稿している。そこで提案した7つのポイントとは次のようなものであった。

 

1.「金融政策」について政府と日銀が締結する政策協定とすること

2.国民からの信認を得た政府の責任において物価上昇率の目標値を2%と定めること

3.日銀は政策手段に関する独立性のもとで目標を達成するために金融政策をおこなうこと

4.目標値の達成期限は2年間とすること

5.日銀は展望レポートの公表、国会における説明責任の義務を負うこと

6.あわせて経済財政諮問会議で質問を受けた場合には、物価動向と金融政策について説明を行う義務を負うこと

7.安倍首相と白川総裁の連名で公表すること

 

以上のポイントに照らしてみると、当然ながら今回の共同声明に賛同することは不可能である。

 

どういうことか。筆者が1つめのポイントにおいて「金融政策」について協定を結ぶべしと提案した理由は、目的が多岐にわたってしまうと政府と日銀が政策手段の次元での役割分担を表明せざるをえなくなり、そのために設定した目的に対する責任の所在が不明瞭になってしまうことを恐れてのことであった。

 

共同声明では「デフレ脱却と持続的な経済成長実現」について、政府と日銀が政策連携を行うことを表明した文書になっている。つまり筆者が懸念したとおり、「デフレ脱却」という目的と「持続的な経済成長実現」という2つの目的が混在したかたちとなってしまっている。2つの目的が混在してしまえば、それに対応する政策手段も複数となり、政府・日銀のどちらにどのようなかたちでの責任が発生するのかが不明瞭となる。仮に目的が達成できない場合には、政府・日銀にどのような責任が発生するのかを問うことができず、ひいては政策がうまく機能しないということにもなりかねない。

 

そして共同声明では、日本銀行は「今後、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取組の進展に伴い持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率が高まっていく」という認識の上に立って、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とすると言明している。つまり2つめのポイントに即して言えば、政府の責任において物価上昇率の目標が定められたのではなく、日銀が文書として公表した自らの検討結果(次節にて後述)にもとづいて、物価上昇率の目標を決めたということである。

 

政府が物価上昇率の目標値の設定について責任を持てば、達成不可能な場合の責任は最終的には政府(及び与党)に帰属することになり、パフォーマンスの巧拙は選挙というかたちで国民の審判を仰ぐこととなる。だが、日銀が物価上昇率の目標を決めたとなれば、達成不可能な場合の責任は誰が負うというのだろうか。

 

責任の不在という点に関しては、昨年10月30日の共同文書では経済財政担当大臣、財務大臣、日銀総裁の署名が明記されていた。今回の共同声明を見るかぎり、そのような署名は見当たらない。筆者は安倍総理と白川総裁の連名が好ましいと考えたが、この意味では今回の共同声明は後退したと考えられる。

 

さらに今回の共同声明では、目標値の達成期限について「できるだけ早期に実現することを目指す」という文言が追加された。しかし1%の物価の目途すら達成できない状況のなかで達成期限を具体的に明示せず、「できるだけ早期に」というお茶を濁したかたちでの2%の物価上昇率の目標を設定して何の意味があるのだろうか。

 

読者の皆さんは「近いうちに解散する」と言明した野田前首相が、当時野党であった自民党・公明党から「うそつき」と追求されたことを覚えておられるだろう。なぜ「うそつき」と批判されたのか。それは期限が明確ではなかったためだ。今回、政府と日銀の共同声明では「できるだけ早期に」と記載されているのに、なぜ政府関係者のみならずマスコミも含めて「うそつき」と批判しないのだろうか。筆者は悪い冗談ではないかと感じたのだが、いかがだろうか。

 

以上、辛口の評価になってしまったが、7つのポイントに即して考えた際に唯一評価できる点は、共同声明に「経済財政諮問会議は、金融政策を含むマクロ経済政策運営の状況、その下での物価安定の目標に照らした物価の現状と今後の見通し、雇用情勢を含む経済・財政状況、経済構造改革の取組状況などについて、定期的に検証を行うものとする。」と記載されていることである。

 

早速1月24日の経済財政諮問会議で金融政策、物価等に関する集中審議が議題となっている。報道によれば、安倍首相は「日銀はデフレファイターとして責任を持って達成してほしい。次回会合では目標達成に向けた道筋をはっきり描いてほしい」と述べたとのことだが、当然の反応だろう。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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