2014.03.06
特定秘密保護法Q&A
はじめに
本稿は2013年12月6日に成立した「特定秘密保護法」(「特定秘密の保護に関する法律」)について、Q&A形式で、概観するものです。
わかりやすさを優先するため、条文を簡略にまとめたり、言い回しを変えたりしている部分があります。
引用文中の強調箇所は、すべて引用者によるものです。
略語について
特定秘密保護法を「法」と略します。
12月5日に開示された「特別秘密の保護に関する法律案【逐条解説】」(内閣官房)を、【逐条解説】と略します。【逐条解説】にいう「特別秘密」は、本法にいう「特定秘密」です。「特別秘密(特定秘密)」と表記します[*1]。
目次
Q1.特定秘密保護法はどのような目的をもつ法律なのでしょうか?(P1)
■知る権利・言論の自由
■「国と国民の安全」と「知る権利」
Q2.そもそもなぜこのような法律が必要となったのでしょうか?(P2)
■制定過程
■これまでをふりかえる
■特定秘密保護法制定に働いた要因
(1)日本固有の要因
(2)対米関係に由来する要因――冷戦終結前
(3)複合要因――冷戦終結後
Q3.「特定秘密」の対象となる情報はどのようなものですか?(P3)
■別表方式は秘密を限定できるか?
■警察の情報
■都合の悪い情報と秘密
■具体的な調査
■妥当性をどうやって確保するか?
Q5.秘密を漏えいした場合の罰則について教えてください。(P5)
■罰則についての議論について
Q6.どのくらいの期間、秘密指定されるのでしょうか?(P6)
■秘密の指定解除と文書の保存
[*1]【逐条解説】は、福島みずほ議員のブログで読むことができます。http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/blog-entry-2386.html
Q1.特定秘密保護法はどのような目的をもつ法律なのでしょうか?
法1条に掲げられている目的を要約すると、次のとおりです[*2]。
ようするに、国と国民の安全のために秘密を保護する制度づくりということです[*3]。
法案審議の際には、「(知る権利が)国家や国民の安全に優先するという考え方は基本的に間違いがある」(町村元官房長官・2013年11月8日衆議院国家安全保障特別委員会)といった発言もありました。
本法を制定するにあたっての強い関心が、《秘密を漏らさぬ体制づくり》に置かれていたことが、それやこれやの発言から窺われます。本法は《秘密が守られるか/漏れるか》という二分法の思考で、「秘密が守られること」=「決して漏れないこと」が徹底して追求されたものと理解できます[*4]。
[*2]法1条では、保護の体制を作ったうえでの話として、《収集・整理・活用》が語られていますが、本法自体はこれらに踏み込むものではありません。
[*3]ちなみに【逐条解説】3頁では「まずはこのような重要な情報を適確に保護する体制を確立することにより政府部内や同盟国等との間との相互信頼を確保した上で、情報の収集・整理・活用を行うことが重要であると考えられる」としています。
[*4]【逐条解説】にも二分法的な思考は明らかです。たとえば、次のように述べられています。
「本法(案)が秘密の取得を罪としていること」について
→「特別秘密の保護そのものを目的としている以上、その保全状態を脅かす行為であれば、業務者による漏えい行為に限らず処罰の対象とするのが適当である」(56頁)
「共謀・教唆・扇動を罪とすること」について
→「いったん業務者による保全状態から流出した特別秘密は、それを漏えいした者や取得した者を罰しても取り返しがつかないため、流出の結果をもたらす危険性の大きい行為として、故意の漏えい行為又は取得行為……の共謀・教唆・扇動を処罰することとしたものである」(63頁)
■知る権利・言論の自由
一般に、国家の「秘密」は「知る権利」を含む「言論の自由」と対抗関係にありますが、本法は秘密を保護する一方で、そのような対抗利益への配慮が、十分に見られないところに大きな特徴があります。
国家は大量の情報を持っています。その中には「すぐに公開できるもの」もあれば、「すぐには公開できないもの」もあります。後者としてたとえば外交交渉など、手の内をさらした状態では交渉にならないことは当然でしょう。
統治に関わる情報は国民の《財産》ですから、「すぐには公開できない」情報も含めて、いつかは公開されて批判と検証にさらされるということを前提に、適切に管理される必要があります。私たちには「知る権利」があるのです。
そこで制度設計にあたっては、情報公開、公文書管理、秘密の保護、内部告発者保護など、情報「管理」のあり方全般にわたる検討が必要となります。
しかし、先にも述べたように、特定秘密保護法は、《秘密の保護》という観点に偏った法律となっていて、私たちの「知る権利」に十分な配慮をしたものとはいえません。
■「国と国民の安全」と「知る権利」
秘密の保護を徹底的に追求することは、「国と国民の安全」を最大限に確保しようとする考え方にとっては目的にかなっているのでしょうが、必然的に、表現の自由や知る権利といった市民的権利を犠牲にすることになります。
秘密の保護の徹底的な追求 → 市民の権利や自由の犠牲
今日の世界では、「国と国民の安全」を偏重して追求することは、時代錯誤となりつつあります。「国と国民の安全」は、有無を言わさぬ絶対的な公益になりがちであるところ、知る権利等の対抗的な利益や、公にされた秘密の重要度などを、総合的に衡量しなくてはならないと考えられるようになってきているのです。
NSAの通信傍受を暴露する記事をスクープした英ガーディアン紙編集長が、朝日新聞のインタビューに答えて、
《「ペンタゴン・ペーパーズ事件」(米連邦最高裁判決・1971年6月30日)の明らかにした「どんな経緯で得られた情報であっても、公益にかなう限り報道は適法」という原則が自信の拠り所になった》
という趣旨の発言をしています(朝日新聞2014年2月17日)。
ガーディアン紙の行動へは批判もなされましたが、世界の各地から賛辞と支持が表明されている点に、市民の「情報への権利」が着実に育っていることを見て取ることができるでしょう。
特定秘密保護法へ市民による反対運動が広い範囲で起こったのは、市民的自由を守るための行動として、当然のことであったと思います。
また、Article 19、国際ジャーナリスト連盟、国際ペンクラブ、国連人権高等弁務官事務所・特別報告官、オープン・ソサエティー財団上級顧問(ツワネ原則[*5]採択を主導した財団)などの国際的な人権団体等からも、言論の自由の国際的な基準に照らして、厳しい批判が寄せられました。
「国と国家の安全」と「知る権利」等の市民的権利や自由は、本来的にぶつかりあうことが多いため、先に述べたように、公文書管理、情報公開、情報セキュリティ等についてしかるべき仕組みが作られ、裁判のあり方のルールが整序されるなかで、これらの間を調整する必要があります。そして、具体的な事件となった場合には、司法手続のなかでよりきめ細やかに調整する必要があります。
しかし日本では、依然として調整メカニズムが不十分です。「知る権利」を担保する客観的な制度とその運用が発展の途上であり、また裁判における「国と国家の安全」と「知る権利」の調整のあり方(立証方法等)も不明瞭です。
そのようななかで、秘密の保護のみを手厚くする本法は、「国と国民の安全の確保」という目的が正当と認められるとしても、採られている手段がバランスを欠いていると言わざるをえません。
[*5]ツワネ原則(「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」)は、「国家安全保障」と「知る権利の保障」とのバランスについて検討された国際基準です。
・日弁連による全訳はこちら
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/statement/data/2013/tshwane.pdf
・解説した文献として、たとえば海渡雄一「ツワネ原則は何を要請しているか」世界2014年1月号96頁以下など。
Q2.そもそもなぜこのような法律が必要となったのでしょうか?
なぜこのような法律が必要となったのでしょうか。法が明示している理由は、必ずしも本当の理由ではないのではないか、と考えています。まずは本法の条文と制定過程に注目して、後ほど歴史を振り返りつつ、私見を述べようと思います。
■制定過程
先に述べた本法の目的(1条)によると、この法律が必要となったのは、《国際情勢の複雑化にともなって国と国民の安全の確保にかかわる情報の重要性が増し、そのような情報が漏えいする危険が懸念されるため》ということです。
でも、本当にそのような危険があるのか、国会審議のなかで具体的な「事実」が示されたり、討議によって理解が深められたりすることはありませんでした。
もし今ある情報管理体制が機能しているのなら、このような人権制約度の高い法律をつくる必要性はないはずです。
2000年に、海上自衛隊の秘密が漏らされるというボガチョンコフ事件[*6]が起きて、その後、防衛庁(当時)は、長官を長とする秘密保全等対策委員会を設置し、「秘密保全体制の見直し・強化について」(2000年10月27日)と題した報告書を取りまとめました。
そして、再発防止のために陸・海・空自衛隊の「調査隊」を充実・強化して情報保全隊に改編し、また秘密保全を担保するための方策として、新たに防衛秘密制度を設けて、罰則の強化により保全体制の強化をはかることとしたのでした(2001年自衛隊法改正、2002年から施行)。
これら再発防止策は役に立っていなかったのでしょうか。これまで国家を揺るがす秘密漏えいというのは生じていないと思いますが、仮に今までの施策では不十分だったというのなら、どういう点で不十分であるのか、どう対処すべきなのか等について、国会で十分な説明と検討が必要だったと考えます。
尖閣ビデオ流出事件や、ムスリム捜査情報流出事件など、わが国でこれまで起こった事件は、結局のところは情報管理体制の問題といえます。このような事件への対処として、秘密の漏えいや取得を市民まで含めて重罰で威嚇することは(→「Q5.秘密を漏えいした場合の罰則について教えてください」)、過剰というべきです。
むしろ、政府が言及した事柄の中でも、「国家安全保障会議(日本版NSC)が今のままでは十分に機能しないこと」が、特定秘密保護法が必要である理由としてより重要と考えられていたのではないかと思われる節があります。外国から信頼されないとか、「日米同盟」の中で高度の情報が扱われるため日本から機密が漏れない体制づくりが不可欠であるとかも、強調されました。
また民主党と与党の協議の席では与党側から、「米当局から統一的な情報保全法制を求められている」という発言もなされています。
他方で森担当大臣は、「諸外国から言われてこの法案をつくるわけではございません」と国会で答弁しており、安倍首相も2014年の通常国会で代表質問に対して「米国政府の働きかけによるものではない。外国政府の圧力で法律を作ることはない」旨を答えています。
したがってこのあたりの事情は、やや不明瞭なのですが、少なくとも国会審議の最中に、「日米同盟」は理由の一つとして挙げられていたのであり、外国(特に米国)の影がチラチラと見えたことは否定できないところと思います。
[*6]ボガチョンコフ事件 防衛研究所に勤務していた海上自衛官に、在日ロシア大使館に勤務する海軍武官が接触し、海上自衛隊の秘密資料が漏えいした事件(懲戒免職+懲役10か月〔自衛隊法違反〕)。
■これまでをふりかえる
さて、なぜこのようにあっという間に、特定秘密保護法が制定されたのでしょうか。
内閣情報調査室(内調)によって、情報をかなり厳しく統制しながら法律案の準備がなされ、2週間という短い期間でのパブリック・コメントを経て、反対論の盛り上がりを押さえ込む形で一気呵成に国会を通過させたという感じの強い立法でした。
国会で実質的な審議がなされず、緊張感を欠いていたことや、メディアの紙面展開が遅かったことは、多くの人の指摘するところです。
短い審議時間と審議の密度の低さは、直接的には衆参両院の「ねじれ」が解消したからという理由が大きいでしょう。
しかしさらにもう少し長いスパンで見てみるに、このような包括的・一般的な情報保全体制は、官僚組織のなかで10年、20年といった単位で時間をかけて準備の進められてきた案であり、そのことへ国会や内閣がしかるべきコントロールを及ぼせなかったということ、すなわち民主的政治過程が十分な機能を果たしていないという、より大きな問題が横たわっています。
これまでの経過を振り返ってみましょう。
■特定秘密保護法制定に働いた要因
特定秘密保護法の制定をひっぱった要因としては、大きく分けて、
・日本に固有のものと
・対米関係に由来するもの
を区別することができます。
そして、それらが、冷戦終結という国際的な安保環境の変化を踏まえ、お互いに影響を及ぼしあって、2013年の法案提出・成立につながったものと考えます。
以下では、それぞれについて何点かポイントを絞って、概観します。
(1)日本固有の要因
情報を統制して、「望ましい方向」へ人々を導くことは、為政者にとってたいへんに都合がよいものです。そのような情報統制・秘密保護の欲求は、日本だけに見られるものではないですが、日本の場合は、戦前・戦中に存在した軍事機密・国家機密保護法制(軍機保護法制とします)の経験が、今日なお大きな影響をもっていると思われます。
実効的に戦時体制を維持し戦争遂行を支えるための柱として機能した軍機保護法制は、第二次世界大戦後に、根本から否定されました。しかしその後も、間欠泉のように秘密保護法制を求める動きが繰り返されてきたのは、戦前・戦中のこのような制度の「威力」が忘却されなかったからに他ならないでしょう。
そして今回の特定秘密保護法の罰則規定は、その原型を軍機保護法制に求めることができるという意味で、わが国において「由緒ある」ものです。
(2)対米関係に由来する要因――冷戦終結前
次に対米関係という点について、冷戦終結前後で区切って、秘密保護のありようを概観しておきます。いろいろな事態が表だって変化する前の状況を、もう一度確認するためです。
1952年に刑事特別法(刑特法)が制定されて、「米軍の機密」が保護されるようになりました。また54年には日米相互防衛援助協定(MDA/ MSA)が結ばれたところ、同協定3条1項は「各政府は、この協定に従つて他方の政府が供与する秘密の物件、役務又は情報についてその秘密の漏せつ又はその危険を防止するため、両政府の間で合意する秘密保持の措置を執るものとする」としています。
これを受けて同年に「日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法」(MDA秘密保護法)が制定されました。MDA秘密保護法では、MDA等に基いて、アメリカ合衆国政府から供与された装備品等の構造や性能等につき、秘密の指定や罰則が定められています。
刑特法とMDA秘密保護法には、探知・収集罪、漏えい罪が規定され、陰謀、教唆、せん動も罪とされました。罰則の法定刑は最高で10年以下の懲役です。
罰則の定め方は、戦前・戦中の軍機保護法制にその原型をもっています。
このように米軍や米軍の装備品等との関係で、秘密保護法制が早い段階で整えられたのでした。そして具体的な運用としては、MDA及びMDA秘密保護法のもと、たとえば武器のライセンス生産など個別のケースに応じて、米国との間で「細目取決め」、「実施取決め」、「実施細則」等を交わすというものでした。
以上のような状況について、1988年という、ちょうど東西冷戦の緊張緩和が起こっていた時期になされた国会答弁をみておきたいと思います。さまざまな変化の胎動があらわれつつも、依然として「専守防衛」を軸とする冷戦下の枠組みが、外交においても《前提》とされていた時代でした。
昭和63年5月17日、衆議院の内閣委員会における外務省北米局安全保障課長・岡本行夫氏の答弁では、次のような内容が述べられていました。
・冷戦の緊張緩和が進む中で、日本の経済力・技術力の高まりに応じて、米国から知的所有権保護等の要請を受けるようになり、秘密特許に関する手続細則を整備する必要が生じた。
・これにあたり、米国が他国と結んでいる秘密保全体制に関心をもち、GSOMIAの存在を確認した。
・我が国ではGSOMIAのような軍事情報の保全のための一般的な協定は、米国と結ぶつもりは全くないという方針で、これまでも首尾一貫している。
なお、同答弁からは、今回の特定秘密保護法に規定された「適性評価制度」について、米国と第3国との間でのGSOMIAを検討するなかで、このような制度を認識したことが窺われます。
ところで上の答弁がなされた1988年は、自民党議員により議員立法として国会に提出された「国家秘密法案」(スパイ防止法案。1985年・86年)が、審査未了廃案となったすぐ後の時期です。
沖縄密約をスクープした西山記者事件(1972年)を受ける形で、国家情報漏えいへ厳罰をもって臨むことにつき、与党・自民党内でたいへんな盛り上がりを見せていたのでした。
後に見るような、GSOMIA締結を前提としてその国内法化が一般的な秘密保護の法制度とともに一体的に実現化されていった状況とは、趣を異にしています。防衛、外務、警察などの官僚組織をあげて、一枚岩となって秘密保護法制へ突き進むという様子ではなかったものといえます。
(3)複合要因――冷戦終結後
状況を大きく変化させたのは、冷戦終結です。
冷戦終結は、国際的な安全保障環境を大きく変えました。また、それは同時に、冷戦体制を所与とした自衛隊をはじめとする様々な組織のありようにも影響を与えました。
日米安保以外にも、国連やその他の地域的機構なども通じて国の安全を確保しようという「多角的安全保障戦略」が打ち出されたこともありました(「防衛問題懇談会報告書」(1994年8月〔樋口レポート〕)。「同盟の漂流」と呼ばれた時代です。
しかしそのような方向にはゆかず、日米安保共同宣言(1996年)という安保再定義や、新ガイドライン(1999年)、新ガイドライン関連法(同年)等、「極東」の日米安保条約が、「グローバル」なものへ、自衛隊と米軍の統合的な運用へと性格を変えていったのでした。
また同じ年には、2012年7月に自民党総務会で承認された国家安全保障基本法案の原案となった「試案」を防衛庁(当時)が作成していたことも明らかになっています(2003年8月14日共同通信配信記事、川口創「国家安全保障基本法は何を狙うか」世界2013年12月号70頁以下)。
高度情報化が爆発的に進んだ時代でもありました。
そのような中で秘密保全体制への取り組みも本格的になっていきます。
2000年には、先に述べたボガチョンコフ事件が起き、再発防止策が講じられました。同年に出された「(第一次)アーミテージ・レポート」とも呼ばれる、アーミテージ氏らの報告書「米国と日本――成熟したパートナーシップに向けて」では《機密保持のための新たな法律制定の必要性》が述べられていました。
ボガチョンコフ事件の再発防止策の一つとして自衛隊法に「防衛秘密」規定が設けられました。これは、別表に掲げられた事項につき、「公になっていないもののうち、わが国の防衛上特に秘匿することが必要であるもの」を防衛大臣が防衛秘密として指定し、特別な保護をするものです。
米国からの要請、官僚組織のニーズ、政治家の判断など、秘密保護法制を欲する点において一致する形で話が展開しました。
日本の安保・外交政策と秘密保全体制の「あゆみ」を分かりやすく示すものとして、日米安全保障協議委員会(「2+2閣僚会合」)の発表してきた文書があります。なお、これらは閣僚級会合での合意文書に過ぎないにもかかわらず、これまでのところその内容が実現される率が高く、重要な文書となっています。
2005年10月29日の『日米同盟:未来のための変革と再編』は、「共有された秘密情報を保護するために必要な追加的措置をとる」としていました。
そして2007年5月1日の『同盟の変革』は、以前は「結ばない方針」とされていた「軍事情報包括保護協定」であるGSOMIAを、日米間でも結ぶことを明らかにしました。そしてこれは同年8月10日に結ばれることとなりました。
2007年の協定締結の段階で政府は、新規立法措置について明瞭な説明をしませんでした。久間防衛大臣(当時)の答弁のほか複数の政府答弁は、「国内の法的措置が必要になるとは考えていない」旨を繰り返し述べていたのです。
もっともGSOMIAをよく読むと、《協定締結にあたって新規立法は義務付けられないが、その後に秘密保護立法がなされることは妨げられない》、という内容であることが分かります。
国会答弁は不明瞭なのですが、実際にはどのような対応がされたのでしょう。
この時期に採られた秘密保護の措置がどういうものであったのかを見れば、何が想定されていたのか、よく分かります。
GSOMIA締結と同時期から、「特別管理秘密[*7]」について、法律上の根拠なくガイドラインに基づいて、物理的・人的管理をして情報漏えい防止を図ることになったのです(2007年~〔2009年全面施行〕)。
今回制定された特定秘密保護法は、秘密の物理的管理を刑罰の威嚇により担保し、「秘密取扱者適格性確認制度」に法律上の根拠を与えるという意味がありました。
ガイドラインに基づく「秘密取扱者適格性確認制度」ですが、人権制約度の高い制度ですので、ずっと法律上の根拠なくこれを続けることが想定されていたとは、思えません。久間防衛大臣らの答弁にも関わらず、秘密保全にかかわる新規立法は、もとから念頭に置かれていたのだろうと考えます。
結局のところ、どの党が政権党か、党首が誰かといったことに、基本的にはかかわりなく、また是非をめぐる政治家の真剣な討論や国民的な議論が喚起されることなく、粛々と一般的な秘密保護法制の導入が進められてきたのでした。
本来、十分な議論を必要とするはずの基本的な安保・外交政策が、国会論議による精査を経ずして転換した(また一つの)例であり、長いこと試みられてきた一般的な国家秘密保護法制復活や冷戦終結後の官僚組織の組織防衛といった思惑との一致であったといえましょう。
[*7]「各行政機関が保有する国の安全、外交上の秘密その他の国の重大な利益に関する事項であって、公になっていないもののうち、特に秘匿することが必要なものとして当該機関の長が指定したもの」:省庁横断的な管理。
講じた措置:特別管理秘密制度+秘密取扱者適格性確認制度
Q3.「特定秘密」の対象となる情報はどのようなものですか?
「特定秘密」の対象となる情報は、法3条1項によると次の通りです。
(1)【別表各号該当性】当該行政機関の所掌する事務に係る、別表に掲げる事項に関する情報で[*8]
(2)【非公知性】公になっていないもののうち
(3)【特段の秘匿の必要性】その漏えいが国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあり、特に秘匿することが必要であると、行政機関の長が判断したもの
「行政機関の長」が必要と判断して特定秘密とできるところ、その判断の妥当性を担保する仕組みがないことに、多くの批判が寄せられました。第三者機関等について、目下、検討が進められています。
[*8](1)における「別表に掲げる事項に関する情報」という言い回しについて、防衛秘密については、「別表に掲げる事項」であることに注意を払っておきたいと思います。【逐条解説】でも「事項」でした。それは「事実、情報、知識その他一定の内容の集合体たる無体物」と説明されています。しかし成立した法律では、「事項に関する情報」となったのです。意識的な変更でしょう。「事項」よりも広い範囲が指定の対象となる危険性があると考えられます。
■別表方式は秘密を限定できるか?
別表の概観と簡単な検討をしておきます。
別表では、「防衛に関する事項」、「外交に関する事項」、「特定有害活動の防止に関する事項」「テロリズムの防止に関する事項」について、項目が列挙されています。
このような「別表方式」は、どのくらい秘密を限定する力を持つでしょうか。
別表の「防衛に関する事項」として掲げられている10の項目は、防衛秘密(自衛隊法96条の2)について自衛隊法の別表第4に掲げられている項目と同じです(防衛秘密はそのまま特定秘密に横滑り)。
そこで、別表方式が秘密を限定できるかという問題を考えるに当たっては、防衛秘密制度のもとでの防衛秘密の件数・点数の実績が参考になりましょう。
防衛秘密は着実に増えてきました。しかも、まったくといってよいほど、解除されてきていないうえに、大量に廃棄されていることが明らかになっています。
2013年10月3日のNHK「ニュース7」では、2007年から2011年まで、防衛秘密の指定件数は約55000件であるところ廃棄は34300件であり、過去10年間で解除は1件であると報道されました[*9]。
また、秘密の指定と解除について、長妻昭衆議院議員によって提出された、「防衛省の秘密解除後の文書公開と破棄に関する質問主意書」(平成25年11月18日提出)に対する答弁書(2013年11月26日)では、省秘、防衛秘密、特別防衛について、件数(原本の数)及び点数(原本及びその複製物の合計数)、解除された件数・点数等が確認できます。
この答弁書のなかから、防衛秘密の件数及び点数、防衛秘密の指定が解除された件数・点数について抜き出すと、次の通りです(平成25年11月26日時点の情報)[*10]。
以上から、防衛秘密が増えてきていること、解除された例ないに等しいことなどが分かります。「別表で掲げる事項」として秘密を絞っているようでも、その限定する力には疑問が抱かれると理解できるでしょう(→「Q6.どのくらいの期間、秘密指定されるのでしょうか?」)。
[*9]このニュース報道の取材に協力した情報公開クリアリングハウス理事長・三木由希子氏ブログ参照 http://johokokai.exblog.jp/20799641/
[*10]さらに問題と思われるのは、同答弁書によると秘密指定が解除された文書であっても、「公にすることにより、防衛省の業務の遂行に支障を与え、国の安全が害されるおそれがあるなど、取扱いに注意を要するもの」があり、それらは件数・点数について集計していないという点です。防衛秘密指定が解除されても、なお「秘密」であり続けるものが存在するようです。
■警察の情報
さて本法は、「防衛」・「外交」といった、これまで伝統的に秘密と密接なつながりを持ってきた領域に加えて、「警察」の所管する情報も特定秘密の対象として組み込んでいる点に特徴があります。
公安警察が各種の情報収集に本業として携わっていて、そこにはかなりきわどい情報が多数含まれていることは、広く知られています(共産党幹部盗聴事件、ムスリム捜査事件等)。また、後にも触れる「適性評価」について、本人から提出された情報が本当かどうかを確かめるのは、公安警察や情報保全隊の役割になると見られています。その調査対象者の規模は、数万人となるのではないかといわれています(東京新聞2014年1月9日)。
これらを考え合わせると、警察の所管する情報が特定秘密として特別な保護の対象となることは、かなり大きな問題を抱えているといえます。
「特定有害活動の防止に関わる事項」の「特定有害活動」について、定義を確認しておきます。これは、簡単にいえば、スパイ活動です。
法12条2項1号は次のとおりです。
「公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう」
このなかには、現在、外為法(注:経産省所管)によって行われている安全保障目的での輸出入管理に関わる事項が含まれていることに注意を払っておきたいと思います。
テロリズムについても、同じく法12条2項1号に定義があります。
それによると、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう」です。
下線を引いた部分が独立して「テロ」とされる余地があると批判されていたところ、自民党・石破茂幹事長がご自身のブログで、デモでの「絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」として、大きな問題となりました(その後に撤回されています)。
■都合の悪い情報と秘密
ところで、都合の悪い情報ほど秘密に指定されやすく、情報公開の対象にされにくいことを、私たちは経験的に知っています。
たとえば自衛隊のイラク派遣について、当初防衛省は活動内容に関する文書の情報公開請求に対して、国の安全が害される恐れがあるとして非開示としていました。
しかし2009年9月に、民主党への政権交代の後に開示された文書(『週刊空輸実績』)から、自衛隊の行動の具体的内容が明らかになりました。
空輸活動の約7割が、武装米軍兵士の輸送であったのです。
これは憲法9条についての政府解釈にも抵触することは明らかでした。
なおイラク派遣については、名古屋高等裁判所によって、「政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲とした場合であっても」、9条1項違反であると判断されています(名古屋高判平成20・4・17判タ1313号137頁)。
官僚組織が、政策の失敗や違憲・違法な行為を隠せないようにするためには、内部告発者の保護制度がきちんと存在することが重要なポイントです。Q4でも述べるような適性評価制度が導入されるのですから、より一層、このことは重要です。しかし、成立した特定秘密保護法は、このような方面への配慮に欠けています。
Q4.適正評価制度とはどんな制度ですか?
法5章は「適性評価」について規定しています。
行政機関の長が、特定秘密を取り扱う人について、取り扱うにふさわしいかどうかを評価し、漏えいするリスクのある人を排除する、というものです。
先にも述べたように、本法で導入される前から、法律上の根拠はないままガイドラインに基づいて、同じような内容の「評価」がされていましたが(その内容については後で触れます)、本法の「適性評価」はこれに法律上の根拠を与えるものといえます。
さて法12条第2項は、適正評価対象者について、次のような非常に広範な事項を調査することとしています。
・スパイ活動、テロ活動との関係(家族・同居人の氏名、生年月日、国籍、住所)
・犯罪及び懲戒の経歴
・薬物の濫用及び影響
・精神疾患
・飲酒の節度
・借金
適性評価は、上に述べた事項について調査がされること、そして調査を行うために必要な範囲内で、知人や関係者に照会されることなどについて(つまり、ウラをとるということ)、予め告知したうえで同意を得て実施されるとされています(12条3項)。また評価対象者が適性評価の結果や適性評価について、行政機関の長に対して苦情の申出をすることができるとされていて(法14条1項)、それによって不利益な取り扱いを受けない(同3項)とされています。
告知と同意、苦情申し立てと不利益取り扱いの禁止が実際に機能するためには、評価基準の公開等、一定の透明性が確保されている必要があるでしょう。しかし、それは特定秘密保護法の下で、きわめて困難と思われます。
というのも、現在なされている「秘密取扱者適格性確認制度」についても、「評価基準が公開されたら対抗措置がとられてしまうからダメだ」といった考えの下で、どのような制度なのか、秘密のベールに包まれているのです。秘密の保護を徹底して追及している本法が、急にこれまでのありようを改めるとは思われません。
内部告発者の保護の手当てもないなかで、「告知と同意」、「苦情の申し出と不利益な取扱いの禁止」が現実的たりうるのか、大いに疑問です。
■具体的な調査
具体的に、どのような調査項目でどのような情報が集められるのか、評価の基準や運用基準は何かについて、本法に詳細は書かれていません。先にも述べたように、現在の「秘密取扱者適格性確認制度」においても、これらは明らかにされていないのでした。
それでも、自衛隊の「身上明細書」や防衛産業関連企業の「身上調査書」が漏れ出て、一部の新聞等で報じられるところとなっています[*11]。
以下にその一部を書き出すように、実に詳細な調査が行われていることが窺われます。
・国籍
・学歴
・家族関係
・交友関係(高校同級生、幼なじみ、カラオケ仲間、つり仲間、飲み友達、相談相手など)
・海外渡航
・借金(借金額、借入目的、毎月の返済額など)
・所属団体(親睦団体からスポーツクラブ、その他あらゆる団体)
・病歴(アルコール依存、薬物濫用、治療またはカウンセリング歴)
……等
【逐条解説】を参照するに、「政令で定める調査事項」として、「学歴及び職歴に関する事項」、「国外に保有する資産」、「配偶者、家族及び同居人の氏名、生年月日及び住所並びに国籍に関する事項」が考えられるものとして挙げられています。
そして、職業や国籍といった社会的身分に関する項目が入っていることについて、「社会的身分等により特別秘密の取り扱いの可否を分けることが「法の下の平等」(憲法14条)に反するのではないか」、「内心の領域にあるものを調査事項としているのではないか」、という批判が想定されるとして、次のように合憲性を説明しています。
「適正評価制度では、特定の社会的身分にあることをもってではなく、評価対象者の具体的な行動その他の状況に照らして適性を評価することから、法の下の平等に違反しないと考えられる。」
「内心の領域にある信条、思想・良心や信仰そのものを調査事項とはしていないため、信条により差別されることはないことからも法の下の平等に違反しないとともに、内心を告白させることがないことから憲法が要請する思想・良心の自由及び信教の自由を侵害しないと考えられる。」
しかし考えるに、たとえば所属団体は、その人の抱いている思想や信仰する宗教と、きわめて密接な関係を有するものといえます。日本もレッドパージを経験しましたが、個人がどのような考えをもっているかについて、国家が土足で踏み込むようなことは決してしてはいけないというのが、過去に学ぶ私たちの共通の理解というべきなのではないでしょうか。
戦後憲法学の一時代を築いた芦部信喜先生は、《憲法の保障する思想・良心が不可侵であること》の意味について、次のように説明しています。
「思想についての沈黙の自由が保障されること」、「国家権力は、国民が内心で抱いている思想について、直接または間接に訊ねることもゆるされないのである。」
国は「宗教と無関係な行政上・司法上の要請によっても、いずれの宗教団体に属するかなど、個人に信仰の証明を要求してはならない」(芦部信喜/高橋和之補訂『憲法(第5版)』(岩波書店、2011年)147―148頁、152頁。)
本法の下で予定されているであろう調査の憲法適合性は、極めて疑わしいものと考えています。
[*11]「しんぶん赤旗」2013年3月15日、朝日新聞2013年12月10日など。また井上正信「人びとの心の中まで支配する『適性評価制度』」世界2014年1月号129頁以下は、陸自と海自の「身上明細書」を検討しています。
■妥当性をどうやって確保するか?
適性評価の妥当性は、どうやって担保されるのでしょうか。この点で、政府・与党協議により公明党の主張を取り入れ、法18条として、次のような内容が付加されたことが注目されます。
・「特定秘密の指定と解除」と「適性評価の実施」について、統一的な運用を図るための基準を定めること(1項)
・その基準の設定と変更にあたっては、内閣総理大臣が有識者の意見を聴くこと(2項)
・内閣総理大臣は、毎年、「指定解除」や「適性評価の実施」状況を有識者に報告し、意見を聴くこと(3項)
・内閣総理大臣は、統一的運用基準に基づいて、内閣を代表して行政各部を指揮監督すること(4項)
・内閣総理大臣は、必要のあるときには、行政機関の長に特定秘密を含む資料の提出及び説明を求め、状況を改善すべき旨を指示できること(4項)
もっとも、これがうまく働くかといえば、大きな困難があるでしょう。
すでに、いまある制度について、「評価基準が公開されたら対抗措置がとられてしまうからダメだ」といった考え方が示されているところです。そういう考えが貫徹されるなら、官僚組織の外で実質的な議論がなされることは否定的と思われるからです。
Q5.秘密を漏えいした場合の罰則について教えてください。
罰則については、法7章に規定されています。
秘密が明らかになる経路を、刑罰の威嚇によってすべて断とうという、強い意志が感じられます。
公務員など特定秘密を取り扱う業務に従事している者や、提供を受けて知得した者等からの秘密の漏えいだけでなく(23条1項、2項)、出版又は報道関係者や市民が秘密を取得するといった行為[*12]についても、罪としています(24条1項)。
またこれらの未遂も処罰されます(23条3項、24条2項)。過失によって漏えいしたときも処罰されます(23条4項、5項)。漏えいや取得行為の遂行について、共謀、教唆、又は煽動する行為についても処罰されます(25条1項、2項)。
以上のように、秘密保護のための「水も漏らさぬ」罰則規定が設けられているといえます。しかも、法定刑が最高で懲役10年(特定秘密の漏えい・取得行為)と、重い刑罰の威嚇によって、これを確保しようというものです。自衛隊法の防衛秘密漏えい行為について見れば、最高で懲役5年という現状から一気に2倍となるのです。
治安を維持するためには、《何か事が起こる前に抑え込む方がよい》という判断になりましょうが、いざそのようなことが完璧に目指されたら、戦前のわが国の治安法制がそうであったように、不可避に自由を制約することとなります。
本法が施行されると、すぐに片端から逮捕・起訴されて処罰される例が相次ぐわけではないでしょう。しかし警察、特に公安警察が正当に権限行使しうる領域が大きく広がったのです。報道機関や市民による十二分の監視が必要であることは、いくら強調しても、し足りません。
あるいは裁判所に期待する向きもあるかもしれません。しかし警察が動くすべての案件について司法的な判断がなされるわけではないのですし、「秘密」と「公開裁判の原則」は両立しない側面があります。さらに言えば、裁判所も権力機関であり、日本の場合には特に、裁判所が市民的自由の救済に大きな役割を果たすと期待することは、残念ながら難しいところもあります。
結局のところ、最終的には私たち市民の「目」や「口」が、恣意的な権力行使を押しとどめる最大の力となります。当面の課題は、広げられた警察権力の裁量の幅について、報道機関も含め、市民がきちんと批判的に検討して、権限を「枠づけする」ことにあるものと考えます。
[*12]取得行為について
特定秘密行為の取得行為を罰する法24条には、国会での修正により「目的」について絞りがかけられました。「外国の利益若しくは自己の不正の利益を図り、又は我が国の安全若しくは国民の生命若しくは身体を害すべき用途に供する目的」という文言が加えられたのです。
しかしこの限定が捜査権との関係で有効であるのか、疑問です。というのも本文でも述べているように、本法の抱える問題の一つは、適法な捜査権行使の範囲がかなり広げられるところにあります。24条の「目的」の絞り込みは、捜査の違法性が後に裁判所により判断される際に効いてくるかもしれません。しかし捜査当局が「捜査の端緒」を見出す時点で見れば、実効的にこれを抑制するものではないと考えます。
■罰則についての議論について
罰則に関する議論を、これまで出された文書から振り返っておきたいと思います。
2000年に出された「秘密保全体制の見直し・強化について」という報告書では、罰則強化について種々の検討を要する法的問題点があるとしていますが、その一つに、「現行の自衛隊法においては、第122条に定める、防衛出動命令を受けた者で、上官の職務上の命令に反抗し、又はこれに服従しない者等に科せられる7年以下の懲役又は禁こが最高となっている」という「自衛隊法における罰則の体系」が挙げられていました。
そして、民主党政権下の第4回有識者会議で配布された資料「罰則等に関する考え方(事務局案・論点)」(2011年4月22日)[*13]によれば、特別秘密 (本法にいう特定秘密)漏えいへの最高刑について、防衛秘密漏えい行為に対する最高刑が懲役5年であるため5年とすることが妥当としていました。
そしてこの「考え方」ですが、興味深いことに、10年にするという案は、「特に現行の防衛秘密制度との整合性が問題となることから、その必要性や相当性についてさらなる検討が必要」としていたのでした。
つまり、わが国の法体系における「相場」としては5年だろうというのが、当初官僚の考えている内容であったらしいと分かります。
その「相場」観の形成にあたっては、憲法9条も影響を与えていたことに、留意しておきたいと思います。
自衛隊法は、政府解釈によれば、軍隊ではない実力装置、戦力ではない実力であり、軍法は日本にはありません。そこで自衛隊法で刑罰規定を設けることの意味とは何なのかと問われざるをえなかったのでした。
国家秘密の中の国家秘密といわれる「軍事機密」を意識した防衛秘密が最高刑5年で保護されてきて、国を揺るがす事件なども起こっていないところ、一気に2倍になったということは、自衛隊の性格にも波及してくる問題であるといえます。
なお、この点について【逐条解説】52頁は、次のような説明を試みています。
はたして、この理由づけは説得的でしょうか。「国及び国民の安全の確保」という言葉は有無を言わせぬ公益となりがちであるがゆえに、これを持ち出すのには慎重であるべきです。より説得的な理由づけが必要と考えます。
[*13]「罰則等に関する考え方(事務局案・論点)」は、「情報公開クリアリングハウス」による情報公開請求によって得られたものです。
Q6.どのくらいの期間、秘密指定されるのでしょうか?
国家は憲法にしばられており、国家が正当になしうる活動には限界があります。また国政にかかわる情報は私たちの《財産》ですから、情報は市民の批判や検証の対象にされなくてはなりません。そこで秘密指定の有効期間の問題は重要です。
法4条によれば、次のようになっています。
・指定の日から5年を超えない範囲で、行政機関の長が有効期間を定め、指定の有効期間が満了するときに、政令で定めるところによって、延長をすることができる(4条2項)、
・有効期間は通じて30年を超えることができない(4条3項)
では、30年ですべての秘密指定が解除されるのでしょうか。
この点、当初の政府案へは、「指定の日から有効期間は通じて30年を超えるときに、「内閣の承認」さえあれば延長を繰り返すことができるため、半永久的に秘密にすることができる」という批判がありました。
批判を受ける形で、自民、公明、維新、みんなの4党による修正協議の結果として、次のような整理がなされました。
(1)有効期間は《原則》として30年を超えることができない
(2)《例外》として「指定に係る情報を公にしないことが現に我が国及び国民の安全を確保するためにやむを得ないものであることについて、その理由を示して、内閣の承認を得た場合」には、有効期間を延長できる
(3)そのようなものについても、有効期間が通じて60年を超えて延長はできない
(4)《例外の例外》として、通じて60年を超えて秘密指定の有効期間を延長できる類型列挙(4条4項1号~7号)
これは「30年から60年に後退して改正ではなく改悪だ」という批判が強くなされたところです。一般論としてみても、《原則》―《例外》関係に、《例外の例外》をいれると、《原則》を観念することの意義が大幅に減少します。《例外の例外》に引きずられて《原則》が拡大(「60年まで指定できる」)ということになりかねません。
■秘密の指定解除と文書の保存
秘密の指定が解除されたからといって、公開されるわけではありません。また、どうやら秘密の指定は、文書が廃棄されないこと(保存されること)を意味するわけではないようです。
事柄は、国民の「知る権利」に関わるのですから、公文書管理の観点から、文書の保存との関係が精査され、きちんと法文に表わされる必要がありますが、本法は不十分です。
特定秘密保護法は、特定秘密情報の記録された行政文書ファイル等を、秘密指定の有効期間の途中で国立公文書館等に移管することなく、当該行政機関が持ち続ける(あるいは廃棄しうる)という前提に立っているものといえます。
気になるのは、文書の廃棄です。
先にも挙げた長妻昭衆議院議員による「防衛省の秘密解除後の文書公開と破棄に関する質問主意書」(平成25年11月18日提出)への答弁書(平成25年11月26日付)によると、防衛秘密の要件を欠くに至る前に、廃棄されたものがかなりの件数と点数にのぼっていることが分かります。
そして同じく長妻昭衆議院議員による「特定秘密保護法案及び防衛省の秘密解除後の文書公開と破棄に関する質問主意書」(平成25年11月28日提出)の、
「特定秘密に指定されたものは、保存期間前に廃棄されることは、完全に禁止されているのか否か。仮に保存期間前に廃棄できるとすれば、どのようなケースか。それは、どのように(例えば、省令、訓令など)定めるのか」
という質問事項へ答弁(平成25年12月6日付。ちなみにこれは本法が成立した日です)をまとめると、次のとおりです。
・公文書等の管理に関する法律6条1項の規定により、行政機関の長は、行政文書ファイル等を、保存期間の満了する日までの間、保存しなくてはならない
・特定秘密保護法に規定する特定秘密を含む行政文書ファイル等が、保存期間前に廃棄されることはない
・ただし同法5条1項に規定する政令等において、「秘密の保全上真にやむを得ない場合の措置として保存期間前の廃棄を定めることは否定されない」
また、
「特定秘密に指定されたものは、特定秘密が解除される前に、廃棄されることは、完全に禁止されているのか否か。仮に特定秘密の解除前に廃棄できるとすれば、どのようなケースか。それは、どのように(例えば、省令、訓令など)定めるのか」
という質問に対しては、
「お尋ねの『特定秘密が解除される前に、廃棄される』場合の例としては、特定秘密を含む行政文書ファイル等の保存期間が満了した場合があり、この場合には、公文書管理法の規定に従い廃棄することができる」
とあります。
つまり、
・特定秘密を含む行政文書ファイル等は保存期間満了前にも廃棄されることがある
・特定秘密が解除される前でも保存期間が満了したら廃棄されうる
というのです。
ここで法4条4項は、先にも見たように30年を超えて秘密指定することの要件として「内閣の承認を得た場合」としていますが、同6項は「第4項の内閣の承認が得られなかったときは」、行政文書ファイルの保存期間の満了とともに、公文書館等に移管しなければならないとしている点が、興味深いところです。
内閣の承認を得ようとしなければ、「保存期間が満了したら廃棄されうる」旨の12月6日の答弁書と矛盾しないからです。
また答弁の中でも触れられている法5条ですが、これは特定秘密について、行政機関の長は「その他の当該特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める措置を講ずるものとする」としています。
【逐条解説】を見るに、そのような措置として、防衛秘密の例が参照されて、「特別秘密に係る文書、図画又は物件の作成、運搬、公布、保管、廃棄その他の取扱い及び特別秘密の伝達を適切に管理するための措置……」が挙げられています。
本法は、文書の廃棄というのは特定秘密の指定とは別の次元の話であって、当然になしうるのだという理解に立っているようです。
しかし「特定秘密の指定」は、法3条の要件を満たす場合になされるのでした。特に長期間にわたり秘密の指定がなされるものは、通常、歴史的にも重要度の高い情報でしょう。
それが公文書館のダブルチェックの機会をもたないままに廃棄されうるというのは、おかしいのではないでしょうか。公文書館の役割を改めて考える必要があるといえます[*14][*15][*16]。
[*14]もっとも、ANNニュース(2013年11月12日)によると、国立公文書館を視察した安倍総理大臣は「特定秘密に指定された文書等について、その保存期間が満了したものは、ほかの行政文書と同様、歴史的文書として適切に取り扱われる」旨、述べています。
強調を付した部分が、「ほかの行政文書と同様の扱いを受け、歴史的文書については歴史的文書として適切に取り扱われる」という趣旨であるとしたら、上で述べた「まとめ」の通りとなるでしょうが、「保存期間が満了したら、歴史的文書として適切に取り扱われる」というニュアンスがあるようにも感じます。
[*15]自民党の「特定秘密の保護に関する法律Q&A」のQ32「長期間特定秘密に指定されるような重要文書は、指定が解除された後に公開すべきではないですか?」への回答のなかでは、「30年を超えて長期間にわたって特定秘密として指定を継続してきた文書について、自ら指定を解除する場合にも、すべて歴史公文書等として国立公文書館等に移管されるよう、運用基準に明記することを検討します」とあります。保存期間との関係が気になるところです。
[*16]なお、【逐条解説】には秘密の指定の有効期間についての説明はありますが、文書の保存期間との関係ははっきりと触れられてはいません。
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プロフィール
青井未帆
学習院大学法務研究科教授。専攻分野:憲法学。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了(法学)、同博士課程単位取得満期退学。信州大学経済学部准教授、成城大学法学部准教授を経て、2011年から現職。著書に『憲法を守るのは誰か』、共著書に『憲法学の現代的論点〔第2版〕』。編著書に『論点日本国憲法』など。