2014.02.13

LGBTと就活――混乱、さらに極まれり?!

遠藤まめた 「やっぱ愛ダホ!idaho-net」代表

社会 #LGBT#いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン#就活#トランスジェンダー#MMPI試験#Mf尺度

私は「男性」だが、就活をしていたとき、一度だけパンプスを履いて街に出たことがある。というのも、私はトランスジェンダーで、戸籍上の性別が「女性」だからだ。

書類の性別にあわせた格好はどうしたらいいのか迷っていた。そのパンプスは割と大きめの百貨店で選んだ、その店では最も中性的でヒールの低い「パンプスもどき」だった。それでも婦人用靴のコーナーにいることが苦痛で、ゆっくり選ぶ心理的余裕がなかったためか、家に帰ってから眺めると、その靴はどんどん女性用の残念なデザインに見えてくる。あぁ……もはや、ため息しか出ない。

いざやってきた「Xデー」ならぬ最初の面接の日、意を決してその靴をはき、駅の改札にSuicaを当てようとして、思わず手がとまった。「え、おれ、こんな格好で電車に乗るの無理なんですけど……!」けっきょくスゴスゴと自宅へと引き返した。

二足目の「よりマシ」な靴を入手して、ようやく就活を再スタートさせることとなったが、内定が出るまで、自分の服装や話し方、挙動について、ずっと不安を抱え続けた日々だったことを覚えている(もう二度とあんな体験はしたくない)。

昨今の雇用情勢はいぜんとして不安定だが、その中でLGBTの一部の人たちは特有の「困り感」を抱えている。本稿は、就活のさなかにいる当事者の方はもちろん、若者のキャリア相談に関わる方や、企業の人事の方にも是非ご一読いただき、共に考える一助としていただきたい。

※LGBTについて耳慣れない方は「セクシュアルマイノリティ/LGBT基礎知識編」を是非ご参照ください。

※就職後の職場環境については、私と明智カイト氏、村木真紀氏が昨年対談した「LGBTが生きやすい職場のために」も是非ご覧ください。

 

性別と仕事、どっちとる?

「大人になったらお店で働いて、そこにエンドーを呼ぶね」と、彼女は言った。

彼女とは今から7、8年前にネット掲示板で知り合った。その掲示板には性別に違和感のある中高生がたくさん集まっており、彼女もその一員だった。九州の小さな街で、「男子高校生」としての息苦しい日々をもっぱらやりすごしている最中なのだという。

「お店で働くのが夢なんだ?」

「うーん。わかんないけど、あたしみたいなのは、夜の世界以外に選択肢あるのかな? 正直、将来なんてイメージわかないよ。」

けっきょく彼女のお店に呼ばれることはなかったが、「彼女と同じ言語」を話す仲間たちに、その後たびたび出会った。

正社員になれるのかな。

学校の先生になるのは無理かな。

働いている人のイメージがわかない。
自分みたいなのは、ほんとのこと隠さないと働けないかな。

……特に、トランスジェンダー/性同一性障害の当事者たちには、「性別と仕事、どっちとる?」とでも迫られるような不安がつきまとうのだった。

2013年に虹色ダイバーシティによって行われた「LGBTと職場環境に関するアンケート調査」では、回答者の正規雇用率はFTMで53.1%、MTFで58.7%となっており、非正規雇用率はともに3割強(東洋経済ONLINE「LGBTへの無策は企業にとって大きな損?1000人アンケートから見えたもの」)。

男性一般の非正規雇用率(19.7%)と比べれば雇用形態は確かに不安定だが、正社員になっている方も大勢いるので、そこまで悲観しなくてもいいだろう。ちなみに学校の教員をやっている方もいる。

LGBTに共通する部分は……

 

とはいえ、LGBTの全員が就活において同様・同質の課題を抱えているわけではない。たとえば自身の性別に違和感のないゲイの場合には、服装のことで冒頭のように悩むことはないだろう。そのあたりの差異にも注目しつつ、LGBTがなんらかの「困り感」を抱く場面を分けると、以下の3パターンになりそうだ。

(1) 働き続けやすい社風かどうか心配 

結婚を強要する風潮やハラスメントがないか、女性がずっと働けるのか

(2) LGBTであることを隠して面接で話すのが大変   

あれこれ尋ねられる面接で、LGBT関係のことを隠して話すのは結構大変

(3)どの性別で振る舞うのか

書類の性別欄や服装、性別設定をどうするか。伝えるならどのタイミングか。

(1)(2)はLGBT全般に当てはまりうること、(3)はトランスジェンダーや性同一性障害など、出生時の性別に違和感を抱いている当事者が該当してくる。以下、詳しく解説しよう。

(1) 働き続けやすい社風かどうか心配

結婚しないと冷遇されるのではないか、LGBTであることが知られた場合にハラスメントを受けたらどうしよう、等の不安を抱えている当事者は多い。

「A社は結婚しないと出世コースに行けないらしい」とか「B社は多様な人材がいて自由な雰囲気らしい」といった情報に、なんとなく心をザワつかせたりもする。また、女性の場合は、長年にわたって働き続けることができるのかも企業選びの重要なポイントになる。LGBTであること以前に、女性がひとりで食っていくこと自体(特に地方では)なかなか大変だ。

ほしい情報をどう集めるのかは工夫のしどころだが、参考になりそうなものとして、企業が出している情報に加えて『日経WOMAN』の「女性が活躍する会社BEST100」などのランキングに目を通すのはどうだろうか。女性が働きやすい職場は、LGBTを含めた多様な人々にとっても比較的働きやすいと言われている。

(2) LGBTであることを隠して面接で話すのが大変

「学生時代にがんばったこと」から「コンプレックス」「自分がもっとも勇気を出したこと」まで、面接ではこれまでの人生の多岐にわたる質問がなされる。ただでさえ答えるのが難しい質問も多いのに、LGBTが絡んでいるエピソードを「なかったこと」にして話をするのは結構大変だ。とはいえ、いちいちカミングアウトできるご時世でもないのが悩みどころだ。

例えば、こんなシーンを想像してほしい。

面接官:趣味はなんですか

就活生:映画鑑賞です

面接官:最近見た映画はなんですか?

就活生:(えーっと、レズビアンの老人カップルの映画なんだけど、それ言ったらまずいかな)「○×」という映画で・・

面接官:一番印象的だったシーンについて説明してください

就活生:老夫婦が子どもに秘密を打ち明けるシーンで……(これあんまり詳しく話したら自分がLGBTだってことがバレるやん!?)

残念ながら、今の日本では面接の際にカミングアウトするのは「賭け」に近い。カミングアウトしたとたん、15分の面接の8割をLGBTの解説に当てる羽目になることがあるし、不利になることのほうが割合としては多い(ただ、個々人の戦略の問題もあって、それで内定を得た人もいる)。

私自身、学生時代はLGBTの活動に明け暮れていた(テレビに出たり、全国各地に出かけたり)ので「きみが学生時代に頑張ったことは?」と訊かれて、正確なことを言えないのは非常に苦労した。そこで、大学の進路相談室に行って「こういう事情なんですが面接官にカミングアウトしても上手くいくと思いますか?」と聞くと、優しいキャリアカウンセラーのおじさんは「是非がんばりなさい」とほほ笑んでくれたのだが、その後どうにも面接に通らず(おじさーん!)、人事経験者の知人に泣きついた。彼女は言った。

「面接官が知りたいのは“何をしたか”ではなく“どのようにしたか”だよ。LGBTのことで相手がどう反応するかわからない以上、たとえば“LGBTの映画上映会をやった”経験を“ドキュメンタリーの勉強会をやって、こういう工夫をした”みたいに、やり方のほうを強調して話したらどうかな。それは嘘にはならないよ」。

……このアドバイスはなかなか利いた。

(3) どの性別で振る舞うのか

さて、残る一項目についても検討してみよう。

 

これは出生時の性別とは異なる性別で生きようとするトランスジェンダーや性同一性障害の当事者の場合に直面する、場合によっては「かなりエグい問題」だ。

まず、JIS規格の履歴書には性別欄が必ず存在している。また、たいていのエントリーシートでは性別欄は必須回答だ。しかし「履歴書持参」等の表記となっていて、こちらが用意したフォーマットでの履歴書が使える場合には、性別欄のない履歴書を当面使用するという選択肢もある。

ナベシャツ(胸を抑えるシャツ)を製造販売しているローゼス・ジャパン社のこちらのサイトからは、性別欄のないユニセックス履歴書が無料でダウンロードでき、活用している方も多いようだ。

一方、既存の履歴書やエントリーシートの性別欄に記入しなくてはいけない場合はどうしたらよいだろうか。

A 戸籍/法律上の性別に○をして、その性別に合わせた服装/身なりで面接を受ける

B 戸籍/法律上の性別に○をして、希望の性別に合わせた服装/身なりで面接を受ける

  (見た目と書類の性別が異なるので、カミングアウト/説明が必要になる)

C 希望の性別に○をして、希望の性別に合わせた服装/身なりで面接を受ける

おそらくは、この3つから選ぶこととなる。

Aでは、本人の心理的ストレスをどう処理するかという課題があるが、その他の面では「一般就活生の中にまぎれこむ」ことができる方法だろう。

Bでは、面接の際にカミングアウトをする必要がでてくる。残念ながら現状では不採用となるケースが多い。中にはカミングアウトして合格した例もあるが、不採用が続くことも考慮し、自分の精神衛生やモチベーションをどう保つのかが重要だろう。

Cでは、内定が下りた後に「実は戸籍/法律上の性別は○×で……」と、カミングアウトすることになる。希望の性別で就活をする際には、おそらくこの方法が一番内定を得やすいように思うが、どのタイミングで企業側に伝えるかが重要なポイントになる。

「戸籍/法律上の性別」と異なる性別を履歴書に書くのは詐称にあたるのではないかと懸念する声もあるが、「法的には私文書偽造罪には該当されず、企業側がそれを理由とした内定取消を行うことは難しい」というのが複数の弁護士による見解となっている(現時点で国内においてこのテーマのみで裁判が行われた例はない)。しかし、法的にはクロとは言えなくても、雇用者側の感情をどう汲んでいくかは課題だ。

ある友人は内定後に「実は戸籍上は女性でした」と伝えたところ、内定式の会場で社員たちに囲まれ、内定辞退するように圧力を受けた(その後、内定辞退)。別の友人は、大学のキャリアセンターや教授が間に入って一筆書いたことで、希望どおり勤務できるようになった。ある意味では、残念ながら「運」や相性の問題が大きいのが現状だろう。企業の人事の方には(上記のような事情がある中での)本人の善意だった、と解釈してもらえるとありがたいところだ。

適性試験で「同性に惹かれるか?」と問われる

 

これまで就活におけるLGBTの「困り感」についておおまかに捉えてみたが、番外編として、地方自治体の採用試験で用いられている心理テストの問題についても触れたい。

地方自治体による公務員・教員採用試験では、個々人の気質を調べるための「適性試験」として、しばしば心理テストが用いられる。その一種であるMMPI試験という心理テストには「同性に魅かれるか」「女性に生まれたかったか」などのセクシュアリティに関する質問項目が多数あり、受験生は「はい」「いいえ」の2択回答を迫られる。

私自身もこの適性試験を受けた一人で(ここでも受難)、初めてこの試験をやったときは「なんでこんなことを今きかれるのだろう」と思ったが、その後、性同一性障害の診断を受ける過程で、この心理試験に「再会」したときには苦笑した。性同一性障害の診断の材料にするような心理テストを採用試験に使うのは、やはり相当にマズいと思うのだ。

以後、私が共同代表を務める「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」と金沢大学の岩本健良准教授の協力で、この問題について問題提起をしてきた。

まず、MMPI試験は、もともと1943年にアメリカで開発されたものだが、米軍の兵士採用試験において同性愛者を排除する意図で使われた歴史を持つとされる。これは試験結果を分析するための心理的尺度の中に「男性性/女性性尺度(Mf尺度)」という項目があり、個人の性的傾向があらわれるためだ。

近年アメリカでは、人事選考に関して同試験を用いたことを巡って裁判となり、試験を行った企業が敗訴している(2005年アメリカ連邦裁判所判例)が、日本国内では性的指向や個人のプライバシーについて、心理テストの形で質問することに対しては随分と問題意識が低いようだ。

この問題については、国会では井戸まさえ前衆議院議員や林原(西根)由佳衆議院議員が取り上げ、メディアでも何度か報じられた。また、大学の教職員からも疑問視する声があがっている。関東地区私立大学教職課程研究協議会では、適性試験の使用に関する全国的な実態調査を行っている。

昨年、法務省人権擁護局は「救済措置を講じた具体的事例(差別待遇事案)」として同問題を取り上げた。同試験を採用に用いることは差別待遇にあたるとの見解とも解釈できるが、各地方自治体の危機感は薄いのか、このような適性試験はいまだに実施され続けているようだ。今後の動向に注目していきたい。

最後に

以上、多少のボリュームがあったが「LGBTにとっての就活」についてご紹介してきた。そもそもLGBTに限らずとも、就活はいろいろと大変だし、オカシイこともあるし、また就職は「スタート」であっても、働くことは基本的には一生続く。様々な経験をされている方がいるかと思うので、もし当事者ご自身の体験や、企業の人事側として体験されたことがあるという方は、これを機にインターネット上で情報発信をしていただけるとありがたい。

最後に、本稿を書くにあたり様々な経験やアドバイスを寄せてくれた多くの先輩や仲間たちに感謝します。

九州の「男子高校生」だった彼女、いつか縁と機会があれば飲みにいこう。

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サムネイル「江戸東京たてもの園20」nakimusi

http://www.flickr.com/photos/nakisuke/3043406766/

プロフィール

遠藤まめた「やっぱ愛ダホ!idaho-net」代表

1987年生まれ、横浜育ち。トランスジェンダー当事者としての自らの体験をもとに、10代後半よりLGBT(セクシュアル・マイノリティ)の若者支援をテーマに啓発活動を行っている。全国各地で「多様な性」に関するアクションや展開している「やっぱ愛ダホ!idaho-net」代表。著書に『先生と親のためのLGBTガイド もしあなたがカミングアウトされたなら』(合同出版)

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